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  • 執筆者の写真climateyouthjapan

事故から10年、今の福島原発を見て

10月25日、3名のメンバーが、福島第一原子力発電所を視察しました。

まずは、原発に入ったときの様子をレポートします。

 

すべてが厳重に管理された、原発構内。身分証明書がないと、総理大臣でも入ることは許されないそう。限られたものしか持ち込むことができず、私たちの体内の放射線量も徹底的にチェックし、管理されます。徐々に緊張が高まる中、私たちは、1F(東京電力福島第一原子力発電所)へと足を踏み入れました。


福島第一には6つの発電所があり、大熊町に1~4号機、すぐ隣の双葉町に5~6号機があります。水素爆発を起こしたのは、そのうちの1、3、4号機。2号機は、1号機の爆発の威力でパネルが開き、中の水素が漏れたため爆発を免れましたが、放射線量はとても高く、中に入れば1分半で死んでしまうほどだといいます。

私たちが初めに訪れたのは、1~4号機。80メートル程の近さの高台から見た原発は、事故の大きさを物語っていました。1号機は、10年経った今でも、破損した骨格がそのまま残っていました。見学の際に携帯した放射線量測定器を原発の方向へ向けると、一歩歩くたびに値が全く異なることが確認できました。放射線は、屈折することなく直進するため、同じ高台にいても、いる位置によって被ばく量が全く異なるのだそう。2号機に測定器を向けると、1号機に向けたときより20シーベルトほど多い数値となっていました。

これでも、作業員の方々は、以前よりもだいぶ軽装で作業ができるようになったといいます。コロナが無ければ、マスクなしでも歩けるほどになり、お互いの顔がしっかり見えることで、事故のリスクも軽減されたといいます。


しかし、続いて私たちが向かった5号機建屋内では、驚くほどの重装備が必要でした。白い全身防護服に、全面マスク、ヘルメット、手袋とくつ下は3枚重ね、靴は長靴。あまりの装備の多さに、1人で着替えるのは難しく、着替えだけで相当の時間がかかってしまいました。事故直後は、すべての構内で毎日こんな重装備をして作業をしていたのかと思うと、作業員のストレス軽減のためにも、除染が早く進むことは大切なんだと実感しました。




5号機では、汚染水が発生する原因、デブリの発生源である燃料棒のある格納容器の中と、核燃料棒が冷却されている部屋を見せていただきました。



燃料棒に直接触れられる距離で見せていただけたのはとても貴重でした。5号機は、2号機と同じつくりなので、5号機の様子を知ることで、今後2号機でどのようにデブリや燃料棒の取り出しが行われるのかをイメージしやすくなりました。しかし驚いたのはその狭さです。常にかがんだ状態でしか動けず、頭のすぐ上には燃料棒が突き出ているため、気を付けていないとすぐに頭をぶつけてしまいそうです。




大きな冷却プールのある部屋では、実際に核燃料を冷却している様子を見ただけでなく、2号機が爆発を免れた要因となったパネルと同じ型を見ることができました。こちらの部屋はとても広く、パネルもとても大きかったため、あんなものが勝手に空いてしまうとは想像しにくかったです。1号機の爆発の威力を思い知らされた気分になりました。



視察を経て、事故の様子、そして現在の課題点がより具体的にイメージできるようになりました。しかし、今回私たちが見たものは、未曾有の事故のほんの一部でしかありません。そして、廃炉までの道はまだ何十年と続いていきます。CYJとしても、ぜひ定期的に訪れて、廃炉まで見守り続けたいと思いました。


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