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原発視察を通して

10月25日に福島県第一原子力発電所を視察したメンバー3名より、感想を共有します。



平澤拓海(企画者)


2019年の秋頃に福島第二原発に訪れた以来2年ぶりの、そして第一原発は2回目の視察になりました。選挙でも原発の議論に盛り上がりを見せ、処理水の海洋放出などの話も進む中、福島の現状、変化について改めて見ておきたいという気持ちがありました。 さて、福島に訪れてまず気になったのが帰宅困難地域の様子です。福島市から原発立地地域の方に車で向かっていくと、だんだんと人気がなくなり、代わりに帰宅困難地域の看板と荒れた田んぼ、放射線測定器、すれ違う大型トラックが目に入ってくるようになります。さらに奥に入ると、綺麗に舗装された新しい道と震災からそのまま崩れたままの家が目に入るようになってきます。そのうちの一つが双葉町です。双葉町はいまだに帰宅困難地域に指定され人口が0人の町になっています。ただ、国道6号線と原子力災害伝承館だけが綺麗に整備され、何が復興なのかを強く考えさせられました。 そして、今回も実際に原発のかなり近く、そして5号機の建屋内に入ることができました。以前来た時と比べて、大きな塔が地震対応のために半分に削られていたことが一番印象的でした。3号機、4号機の使用済み燃料が取り出されていたり、進捗も見られたものの燃料デブリの取り出しなどはまだまだ課題が山積みで、廃炉に向けては亀の足取りとなっているような印象を受けました。 5号機に入れたことは非常に貴重な機会で、形が2号機と似ていることから実際にどんな形でデブリの取り出しが行われているのか想像がしやすかったです。 ゆっくりでも着実に廃炉を進めていくことが福島復興に向けたあゆみとしては重要なのでしょう。


山本峻也


私の福島や原発に対するイメージは、大阪からインターネットを介して拾うことができる情報しかなく、漠然としたイメージしかありませんでした。「未だに帰宅できない人が一定数いるものの、放射能による汚染は少しずつ改善され、新たな再生可能エネルギー事業によって活気が戻りつつある。」「原発は危険なものだが、再エネを主力にするまでの移行期間は必要だ。」そんなイメージや考えを持っていた私は現地に行き、福島の現状を視察してきました。

福島の町に入ると、帰宅困難区域は閑散としており、統計的な数値で見るよりも人がいない印象を受けました。新旧入り混じる建物とそこにいる人の服装を見ると、地震と津波と原発事故による被害は想像以上に根深く、復興とは費用や年数だけの問題ではないことを思い知りました。

福島の町を見た後、福島第一原子力発電所へ入構しました。原発内部は広く、想像よりも多く人がいたように感じました。たくさんのカメラの存在や警察、警備の人が各地点に配置された原発内部は、緊張感のある場所になっていましたが、2015年にできた大型休憩所では食堂やコンビニがあり、作業員の方が心を休ませられる場所になっていました。行きかう関係者との「お疲れ様です」の挨拶は、原発内部の心理的復興のようなものを私は感じました。


鈴木智絵里


正直、福島原発がどんなものかを具体的に想像するのは難しいくらい、私にとっては未知のものでした。テレビで見た爆発の映像は、ものすごい映像ですがどこか現実味がなかったのです。

水素爆発を起こした1号機を間近で見させていただきましたが、実はそれでもなお、あの爆発がここで起こったんだ、という実感は湧きませんでした。

破壊された上部とちょうど同じくらいの目線の場所で1~4号機を見て、下に目をやると、数人の作業員の方が作業をしていて、人間ってこんなにちっぽけなんだな、と感じました。それくらい、事故後に残った部分の原発は、とても大きかったのだと思います。こんなに大きな、そしてあの恐ろしい映像のような爆発を起こしてしまったものを作ったのは人間ですが、それでもやはり、人間そのもののちっぽけさ、無力さを痛感しました。


私は震災後の東北に行くのは初めてで、かつ福島県を訪れたのは今回が初めてでした。私は、震災当時は茨城県におり、震度6弱の揺れを経験しました。幸い、私の地域は津波の心配もなく、数日間の断水、停電と多少の家の破損で済みましたが、テレビで見た更に強い揺れや津波の映像を見て、とても他人事には感じられず、ずっと震災後の被災地を自分の目で見たいと思っていました。

それから10年も経ってしまい、もうだいぶ復興が進んでいるんだろうな、と勝手な想像を膨らませていましたが、今回このような福島視察の機会を頂き、当時のお話しだけでもと思ってすぐに参加を決めました。

しかし、良い意味か悪い意味か、私が想像するほど復興は進んだように感じられず、駅から原発までの多くの地域が、10年たった今でも帰宅困難地域になっていました。震災当時の建物も未だにそのまま残っていて、空き家ばかりで田んぼも草ぼうぼうで、町に活気はありません。

今回の視察は、復興って何?を何度も考えさせられた機会となりました。


1日福島を案内して下さった大和田さん(右)と、Climate Youth Japan メンバー(左から、鈴木、平澤、山本)。大和田ノートを頂きました。

大和田さん、貴重なお時間をありがとうございました!!




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